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チョンブリ県のアマタナコン工業団地にてエアコン用圧縮機胴体を製造しているSANKIN(THAILAND)CO.,LTD.で、タイへ進出された経緯、進出の際に留意された点などを伺いました。
SANKIN(THAILAND)CO.,LTD.
桑形 政良 クワガタマサヨシ氏
(Director/Factory Manager)
岩本 繁夫 イワモトシゲオ氏
(Administration General Manager)
―― 製造業のタイ進出をサポートしているTDCを利用して2003年に工場立ち上げをされたということですが、その経緯をお聞かせ下さい。
弊社の株主である大阪の新進(株)(サンキングループ会社)の取り引き先が、3~4年ほど前にタイで新しく工場を立ち上げられたのです。コスト、デリバリー面を考えたときに現地で部品供給をしたほうが良いという判断に至りました。それが2003年の5月のことです。その後、8月に工場用地の決定、9月に工場建設開始、BOI申請、SANKIN(THAILAND)CO.,LTD.設立、2004年1月に工場完成、テストラン開始という状況を経てきました。それ以前、約20年前になりますが、サンキン本社の駐在事務所は既にタイに構えていましたが、海外に生産拠点を持つのはタイが初めてということになります。
―― BOIはどういった手順で申請されましたか。
BOIに関してまったく知識がなかったため、東京のBOI事務所に出向いたりしたのですが、資料を頂いたりはしたものの、具体的な内容が見えてきませんでした。結果として、タイの日系コンサルティング会社に依頼しました。
―― アマタナコンに入居することを決められたきっかけは。
 TDCの佐藤氏にイースタンシーボードをはじめとして、いくつか工業団地を見せてもらいました。その中で、どこにプライオリティを置くかということを考えたときに、最終的にアマタナコンが最良だろうという判断になりました。バンコクから離れていくとタイ人のホワイトカラー人材も集めにくいと聞いていましたし、工場の立ち上げ当初はバンコクへ赴いてお役所や銀行の事務処理をしないといけません。タイは日本と違って、たった一枚の書類を処理するだけで一日仕事になります。大企業なら専任の担当者を置いてということもできるのでしょうが、小さな会社ではひとりでいろいろなことをやらなくてはならない。それでバンコクから車で一時間強で移動できることが決め手となったという感じです。タイのお役所も地方の工業団地に近い部分に出張所を設けるなどして、サービス面に力を入れてくれればバンコクからの距離があっても問題ないと思うのですが、現時点ではそれはかなわなかったというところでしょうか。
―― 工場は建設されたのでしょうか、それとも貸し工場でしょうか。
 TDCの紹介で TICONの貸し工場を使用しています。我々が設計をしたわけでなく、基本的な仕様のみ、例えばプレス用の機械に対応するように床の耐荷重を平米辺り標準の1トンから5トンにまで上げてもらうことなどをお願いして、あとはお任せしました。工期的にはかなりスピードを上げてもらったと思います。
―― 工場を立ち上げてから2年が経ちますが、この2年を振り返ってみてのご感想や特に苦労をされた点など。
進出を決めてから立ち上げるまで、いろいろ大変なことがあったのですが、今思うと、我々は、日本で新会社を立ち上げた経験がないわけです。特にタイで、ということでなく、会社の立ち上げに関わる事項というのは国を問わず共通していると思うので、もし日本でそうした経験を培っていたなら、もう少し準備が周到にできたのかもしれないと思います。
 会社の組織作りをしつつ、製品を造っていくということをやらないといけないわけです。この製品を造るということは決まっていても、どうやって生産管理をする、品質管理をするというといった細かいことはまるで決まっていないわけですから。会社の組織作りにしても、他社の方から聞いた話では、タイ人は何か問題があっても、それをすぐ上司に報告しようとしない傾向がある。言葉の壁があるために、彼らの反応や考えをつかむのが余計に難しい。こういった部分はもちろん教育が必要なのですが、教育をするにしても、それを習得して自分で実践してもらわないといけない。日本人が全員を始終見張っているわけにもいかないんです。いかに早く社員が思うように動いてもらうようにもっていけるかということですよね。言葉の問題にしても、こちらの意図とは違う誤解が生じていたなんてこともあって、双方向のコミュニケーションをいかにして確立していくかということがポイントだと思います。
日本にいる時点で進出したときのことを具体的にイメージして、例えば言葉の問題がありそうだ、それなら通訳が要るぞ、ならば何かの分野に通じた通訳が良いのではといったようなことを、もっといろいろ考えられたら準備もできたのでしょうが、そういう時間もないままに進んできた部分がありましたので。
立ち上げの時点と、操業したあとの時点というのでは、感じることも違いますしね。2年を経た今だからわかるということもあると思います。
―― 離職率はどうですか。やっと仕事を覚えてくれたのに辞めてしまったというようなエピソードはありますか。
ワーカーに関して言えば、3分の2は完全に入れ替わりましたね。日本人はひとつの会社に勤めたら5年、10年と長いと思うのですが……。例えば給与の点でも、熟練工で長く働いてもらいたいのであれば高い給与を出してやるとか、そうした待遇を考えるのも幹部の務めだと思います。
―― 工場操業直前の一番の不安要素はどういったことでしたか。
いろいろありすぎて言えないですけど(笑)、まず工場が設計図通りにできあがるかどうかとか。基本的な会社の仕組みやシステムがちゃんと動くかどうかとか。日本とはやはり勝手が違うので考え出すときりがなかったですね。
不安要素が何かわからないことがまず不安でしたよ。例えば従業員にしても、英語ができる人がいるのかいないかなど、わからないことが多すぎて、それが一番の不安でしたね。私自身が会社設立にあたっての事務処理に慣れていなかったというのもあると思います。
―― BOI(タイ投資委員会)の投資奨励を取得されるにあたってのご苦労など。
申請が終わってから、その規定に基づいて工場を操業していく段階のガイダンスがまったくないんです。そこが一番肝心な部分ですよね。それを周りに聞くと、「BOI専任の担当者を雇うんですよ」という話になってしまう。
工場のスクラップを日本と同じように処理しようとしたが、ある日、「BOI取得企業はそれを分別して廃棄しなければいけない」と言われてしまいました。ところが、何をどう分別して、どうやって管理すべきなのか、その辺の情報がさっぱり得られませんでした。
分別の基準を自分たちで作ろうにも情報がなければ前に進めません。そういうことを教えてくれる場所(企業)がちゃんとあると思うんです。でも、それがどこなのかがわからない。私どもの会社は、規模の小さい会社ですので、BOI専任の担当者を雇うというわけにもいかない。他の日系企業さんは果たしてどうしているのかということもよくわからない。
BOI専任担当者を雇うにはかなりの費用がかかるなんて話を聞くと、他にも必要な人員がいるわけですから、人件費がかさんで仕方ない。じゃあ、代わりに日本人がBOIの実務を理解しようと思うわけですが、それがさっぱりわからない。
結果的にタイ人の事務の女の子にBOIを勉強させて、その内容を通訳を介して日本人側が理解するといったことをやりましたけどね。現状で頼れるものがないのなら自分たちで作るしかないと思いました。
―― これからタイへの進出を考えている企業の方へアドバイスを。
日本人従業員の人件費が一番高いわけですから、日本人がいかに効率よく仕事ができるかを考えないといけないと思います。日本からの応援者を含めた立ち上げ業務に要する時間をできるだけ短くするとか、問題が起こった場合は、タイ人と分担、協力して、どう対処するかなどといったことになりますが。
現場で起こり得ることをいかに想定できるかということですね。もちろん、日本にいたら想定できないこともありますので、それは現地で対応するしかないのですが、予め想定することで対処策も考えることができると思います。先ほども申し上げましたが、日本で会社を興すとしたら……ということが想定できたらいろいろなことが違ったと思います。
―― ありがとうございました。
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